20071月ベトナムへの旅

ベトナムへ行ってきました。1/1早朝関空に着き一路タンソンニャット空港へ。友人が出迎えてくれた。

 

ホーチミンで一軒家を借りているHaoの従兄弟たちの家で歓迎の宴会。女性も男性もいい人ばかりだ。

2日。ノイバイ空港にPhucThangTho&Giangが出迎えてくれた。写真はPhucの家の屋上から撮ったもの。

 

2日の夜Thangとハノイ市内から3時間のバスでThangの実家のあるハォン市へ。3日船を400万ドンでチャーターし

ハロン湾を観光した。写真やテレビで見るよりやはり実物の方が比べ物にならないくらいい。冬だというのにそんなに寒くは無く、しかし霞んでいたために遠くまで見る事は出来なかったが絶景は絶景だ。

4日。友人が講師を勤める夜間学校で私が臨時特別講師となった。彼らはまだ半年しか経たないがそれでも片言は理解できる。私の下手なベトナム語を交えて楽しい授業となった。私が黒板に書くベトナム語を間違えると、みんなでワァワァと叫ぶ。Chinh ta sai ma thoi!。書き間違えただけだよ。と言ってやりました。二時間の授業で途中10分間の休憩があるのだが、私には時間がもったいないので休憩無しでやりますと言うと、じゃ日本のうたを歌ってといわれたので、ベトナムの歌なら歌えるということで「Ha Noi mu nay van nhung con mua」を歌って拍手喝さいを受けた。来年も来てまた教えるからね約束して授業が終わった。生徒たちの笑顔はとてもステキで充実した時間を過ごせた。

  

 

5日。今日は元留学生のThoちゃんの結納式。結婚式は20日。2年前に新築したという自宅に30人くらいの親戚友人が集まっての昼のひと時の厳粛な式とパーティだった。赤いアオザイの人達は妹の友人で23才。両親の兄弟と式が終わって話していたらなにやら奇妙な食べものを出してきた。「Trau cau」木の根っこの部分と「La trau」葉っぱと「qua Cau」木の実と石灰を口に入れてガムのようにくちゃくちゃと噛む。めちゃくちゃ苦い。それでも初体験なので噛んでいると、なんと徐々に酔っ払ってくるではないか。舌と唇は真っ赤になり酔いは直に冷めたが、奇妙な経験だった。

   

6日。ハノイ最後の日、Thangの友人たちと夕食しその後ボーリングに楽しい人達ばかり。1人で写っているのはひょうきんなNgaちゃん。

  可愛いNgaちゃんを抱きかかえる。(*^_^*)

 

 

7日はホーチミンへ戻り、またまた友人たちが出迎えてくれた。夜はレストランで夕食。そのあとお決まりのカラオケへ。ここには日本語の歌も歌えて二曲歌った。

  

8日。深夜便で帰る日、ホーチミンからバイクで1時間のところにあるHuyen Hoc Mon。かやぶきのベトナムらしい立派な家だった。裏には広大な池がいくつもあり魚を養殖しているとの事だった。

  

とてもステキだった、Duongさん。ベトナムでも最後の食事を終え空港へ向かった。

今回の旅は下痢も無く快便ですこぶる調子がよかった。しかし、、、飛行機の問題があった。2日のハノイに行く時に、飛行機の故障を知らされ、1130はつだったのだ15時か17時になるかわからないとの事。空港職員の姉絵さんに下手なベトナム語で「それは困る。ノイバイ空港には友人が待っているから」と困った顔で言った。そんな事を楽しんでいる自分もそこにあったのだが。(--;)  で、そのお姉さんが今なら乗れる飛行機があるからと私を呼んだ。飛行機は古いボーイング777.いつまでもうなり声を出しながら飛び立った。いつまで子の大きな音が続くのかと思っていたらそのうち消えていた。そして7日のホーチミンに戻る時、このチケットでは飛行機に乗れないとの事。ええっ! つまり新たにチケットを買えというのだ。 仕方が無く97ドル払って購入した。日本に帰ったら旅行会社に請求するぞ!と誓った。 そして、日本に帰る飛行機。スーパーシートを尻目に奥へ奥へと進んで行ったら座席番号が無い。乗務員に聞いたらもっと手前だとの事。乗り込んでくる乗客を逆流しながら咳を探すとそこは何と、スーパーシートだった。わお!初めての夢にまで見たスーパーシート。とっても柔らかくて座り心地は満点。いつのまにかぐっすりと寝てしまった。3ヶ月間の欧州からのかえりだという女の子もそのシートニ座り始めての体験だと言っていた。ははーん。このシートに座っているからといって必ずしもお金持ちだけなのではないということがわかった。